福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)165号 判決 1958年12月26日
控訴人 三木多賀治
被控訴人 千代田火災海上保険株式会社
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、次のとおり補述した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
被控訴代理人は「本件保険契約の解除は控訴人の保険料不払を原因として民法第五四一条の規定に従いなしたものであるが、右解除は火災保険普通保険約款第九条第二項の場合と同様将来に向つてのみその効力を生ずるものである。保険契約の解除について、商法は告知義務違反の場合の第六四四条第六四五条、加入者の責に帰すべからざる危険の変更増加の場合の第六五七条において、いずれも解除は将来に向つてのみその効力を生ずるものと規定している。従つてこれらの規定の趣旨及び保険契約の性質に鑑み保険契約者の保険料不払を原因とする保険契約の解除の効力は将来に向つてのみ生ずるものと解しなければならない。」と述べ、
控訴代理人は「被控訴会社のなした本件保険契約の解除は民法第五四一条によりなされたものであつて、右契約は既往に遡つて消滅したものである。火災保険普通保険約款第九条第二項の規定は本件のように保険料不払を原因とする契約解除の場合に拡張して適用すべきものではない。本件のような場合の解除の効果については、保険約款にはなんら規定されていない。それは、かような場合に保険者は保険期間中といえども発生した損害については填補責任を負わないから、解除による効果として保険料返還の問題の生ずる余地がないからである。若し本件のような場合に解除により保険者が既経過保険料を請求し得るものとすれば、保険者は発生した損害について責任を負わないにかゝわらず一方において保険料を不当に利得するという不合理な結果を生ずる。従つて保険料不払を理由とする保険契約解除の場合は、保険約款ないし商法になんら規定がない以上、その解除の効果については民法第五四一条以下の規定に従つて解決するより外なく、民法の原則に従い既往に遡つてその効力を生ずるものと解しなければならない。本件解除が将来に向つてのみその効力を生ずるものとして既経過保険料の支払を求める被控訴会社の本訴請求は失当である。」と述べた。
証拠として、被控訴代理人は、甲第一、二号証、第三号証の一、二、三、第四号証を提出し、原審証人下満則男、松山良材、園田実徳、後藤清吉の各証言、原審における控訴本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、控訴代理人は、当審における控訴本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認め、同第三号証の三を利益に援用した。
理由
被控訴人が火災海上保険業を営む株式会社であることは当事者間に争なく、成立に争のない甲第一号証、同第三号証の三、原審証人下満則男、松山良材、園田実徳の各証言及び原審における控訴本人尋問の結果(第一、二回)の一部を綜合すると、控訴人は昭和二九年一二月二五日被控訴会社との間に、保険目的は控訴人所有の小倉市長浜町三三五番地所在の木造瓦葺モルタール塗込住宅店舗一棟延坪二六一坪五合及び右家屋内にある家財、家具、什器、衣類、寝具その他一式、営業用什器類一式、保険金額は一、五〇〇万円、保険期間は昭和二九年一二月二五日午後四時より昭和三〇年一二月二五日午後四時まで一年間、保険料は金一九五、〇〇〇円とし火災保険普通保険約款に基いて火災保険契約を締結した事実を認めることができる。右の認定に抵触する原審並びに当審における控訴本人の供述部分は前顕各証拠に照らして採用し得ない。他に右認定を動かすに足る証拠はない。
控訴人は、本件保険契約は保険料の支払を停止条件とするものであつて、控訴人は右保険料の支払をしていないので本件保険契約は効力を生ずるに至らなかつたものであると抗争するが、この主張に副う前示控訴本人の供述部分は信用することはできない。むしろ前示証人不満則男、松山良材、園田実徳の各証言によると本件保険契約は被控訴会社小倉支社の代理店をしている訴外下満則男の勧誘によつて昭和二九年一二月二五日締結せられたもので、その際控訴人の希望によつて被控訴会社はその保険料の支払を右契約締結の日から三ケ月間猶予をしていたに過ぎないものである事実が認められる。他に右認定をくつがえして控訴人主張事実を認め得る証拠はないから、控訴人の右抗弁は採用し得ない。
そして被控訴会社が控訴人に対し昭和三〇年七月一一日内容証明郵便で同月二五日までに本件火災保険料の支払を催告し、若し右期限までにその支払がないときは本件保険契約を解除する旨の条件附契約解除の意思表示をなし、控訴人において右通知を受領したが保険料の支払をしなかつたことは当事者間に争のないところであるから、本件火災保険契約は右昭和三〇年七月二五日の経過と共に解除されたものといわなければならない。
ところで被控訴人は、右解除は将来に向つてのみその効力を生ずるものであると主張し、控訴人は、既往に遡つて効力を生ずると抗争するので、右解除の遡及効の有無について按ずるに、保険契約者が保険料の支払を遅滞し、保険者がこれを理由として保険契約を解除した場合における右解除の効力については、本件火災保険普通保険約款(甲第三号証の三)並びに商法に特にこれに関する規定を設けていない。右約款第九条第二項において「保険契約ノ解除ハ将来ニ向テノミ効力ヲ生ズ」る旨規定しているが、右は同条第一項所定の場合における解除の効力に関する規定であり、又、いわゆる告知義務違反の場合において商法第六四五条第一項は解除は将来に向つてのみその効力を生ずる旨規定しているが、右は告知義務制度の設けられた趣旨に基因するものであり、保険者が破産の宣告を受けた場合における解除の効力に関する同法第六五一条及び保険期間中危険が保険契約者又は被保険者の責に帰すべからざる事由によつて著しく変更又は増加した場合における解除の効力に関する同法第六五七条にも解除は将来に向つてのみその効力を生ずる旨規定しているが、これらはいずれも各条所定の事由が発生した場合解除に至るまでの従前の契約関係を特に消滅せしめることを必要としないがために設けられた規定である。従つてこれらの規定を本件のような保険料不払を原因とする解除の効力に類推して適用することはできない。ところで右保険約款第二条第二項には「保険期間ガ始マリタル後ト雖モ保険料領収前ニ生ジタル損害ハ当会社之ヲ填補スル責ニ任ゼズ」と規定し、保険料の支払があるまで保険者の責任が開始しない旨を定めている。従つてかように保険料の支払をもつて保険者の保険責任開始の要件とすることを保険契約の一条項とし、保険契約者の保険料不払を事由として保険契約を解除した場合には、保険者は保険責任を負担しないまゝ保険契約を解除したものであるから、右解除は遡及効を生じこれにより契約の効力は遡及的に消滅するものと解するを相当とする。従つて本件保険契約は被控訴人のした前記解除の意思表示により遡及的にその効力が消滅し、被控訴人は既経過期間に対する保険料の支払を請求し得ないものといわなければならない。
よつて被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべく、これと趣旨を異にする原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)